ベイジアン研究所

技術(人工知能、数学等)と心理の話をしています。

【線形代数学入門】エルミート変換

1. 記事の目的
下記の記事で、正規変換の特別な場合であるエルミート変換を導入し、固有値の言葉で特徴づけた。本記事では、エルミート変換について詳細に述べる。

camelsan.hatenablog.com

2. 正値エルミート変換
エルミート変換が正値であることを述べる。 Tをユニタリ空間Vのエルミート変換とする。T^{\ast}=Tより任意の\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in Vに対して

(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, T\boldsymbol{y})

が成り立つ。特に

(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})=(\boldsymbol{x}, T\boldsymbol{x})=\overline{(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})}

より、(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})は実数である。また、下記の記事の定理4.1より、T固有値はすべて実数である。

camelsan.hatenablog.com

定義
エルミート変換T固有値がすべて正(または非負)のとき、Tを正値(または半正値)エルミート変換という。

エルミート変換の正値性に関して次の同値条件がある。
定理2.1
エルミート変換Tが正値(または半正値)であるためには、\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{x}に対して(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})が正(または非負)であることが必要かつ十分な条件である。
証明:エルミート変換Tが正値(または半正値)であると仮定する。T固有ベクトルからなるVの正規直交基底\boldsymbol{e}_1,\boldsymbol{e}_2,\dots,\boldsymbol{e}_nをとり、T固有値\alpha_1,\alpha_2,\dots,\alpha_nとする。このとき\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{x}

\boldsymbol{x}=x_1\boldsymbol{e}_1+x_2\boldsymbol{e}_2+\dots+x_n\boldsymbol{e}_n

と表せば、


\begin{split}
(T\boldsymbol{x},\boldsymbol{x}) &= (\displaystyle\sum_{i=1}^nx_i\alpha_i\boldsymbol{e}_i, \displaystyle\sum_{i=1}^nx_i\boldsymbol{e}_i) \\
&= \displaystyle\sum_{i=1}^n\alpha_i |x_i|^2 \ \ > 0 \ \ (\ge 0)
\end{split}

が成り立つ。逆に、\boldsymbol{0}でない任意の\boldsymbol{x}に対して、(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})が正(または非負)ならば、とくに

(T\boldsymbol{e}_i,\boldsymbol{e}_i)=(\alpha_i\boldsymbol{e}_i,\boldsymbol{e}_i)=\alpha_i

もすべて正(または非負)である。

上記の定理から次のことが言える。
Tがエルミート変換ならば、T^2は半正値エルミート変換である。実際、\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{z}に対して、


\begin{split}
(T^2\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})&=(T\boldsymbol{x},T\boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x},T^2\boldsymbol{y}) \\
(T^2\boldsymbol{z}, \boldsymbol{z})&=(T\boldsymbol{z},T\boldsymbol{z}) \ge 0
\end{split}

より成り立つ。

特にTが正値エルミート変換のとき、T^2も正値エルミート変換であり(T固有値\alphaとすると、T^2固有値\alpha^2なので)、この逆に対応する次の定理も成り立つ。
定理2.2
ユニタリ空間Vのエルミート変換をTとする。Tが正値(または半正値)ならば、S^2=Tとなるような正値(または半正値)エルミート変換Sが存在する。
証明Tが正値(または半正値)とする。Tのスペクトル分解を、

T=\beta_1P_1+\beta_2P_2+\dots+\beta_kP_k

とする(スペクトル分解に関しては下記の記事を参照)。

camelsan.hatenablog.com

\beta_i>0 \ \ (\beta_i \ge 0)であるから、

S=\sqrt{\beta_1}P_1+\sqrt{\beta_2}P_2+\dots+\sqrt{\beta_k}P_k

とおけば、P_i^2=P_iP_iP_j=0 \ \ (i\neq j)より、S^2=Tである。\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{x}に対して

\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}_1+\boldsymbol{x}_2+\dots+\boldsymbol{x}_k

とする。ただし、\boldsymbol{x}_iは、固有値\beta_iに関する固有空間の元である。このとき、


\begin{split}
(S\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})&=(\displaystyle\sum_{i=1}^k\sqrt{\beta_i}\boldsymbol{x}_i, \boldsymbol{x}_i) \\
&=\displaystyle\sum_{i=1}^k\sqrt{\beta_i}(\boldsymbol{x}_i, \boldsymbol{x}_i)>0 \ \ (\ge 0)
\end{split}

となるので、Sは正値(または半正値)エルミート変換である。
Sの一意性を証明する。もう一つの正値(または半正値)エルミート変換S^{\prime}があって、{S^{\prime}}^2=Tであるとする。下記の記事定理3.4の(2)とS^{\prime}の正値性(または半正値性)より、S^{\prime}の相異なる固有値\sqrt{\beta_1},\sqrt{\beta_2},\dots,\sqrt{\beta_k}であるから、S^{\prime}のスペクトル分解は、

S^{\prime}=\sqrt{\beta_1}P_1^{\prime}+\sqrt{\beta_2}P_2^{\prime}+\dots+\sqrt{\beta_k}P_k^{\prime}

の形である。

camelsan.hatenablog.com

これから、{S^{\prime}}^2=Tより、Tのスペクトル分解

T=\beta_1P_1^{\prime}+\beta_2P_2^{\prime}+\dots+\beta_kP_k^{\prime}

が得られるから、スペクトル分解の一意性よりP_i=P_i^{\prime} \ \ (i=1,2,\dots,k)である。従ってS=S^{\prime}である。

定理2.2のS\sqrt{T}と表すことにする。このことから、正則な線型変換に対する次の分解定理が得られる。

定理2.3
ユニタリ空間Vの任意の正則線型変換Tは、正値エルミート変換Hとユニタリ変換Uとの積として一意的に表される。
証明:任意のベクトル\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}に対し、

(TT^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(T^{\ast}\boldsymbol{x}, T^{\ast}\boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, TT^{\ast}\boldsymbol{y})

より、

(TT^{\ast})^{\ast}=TT^{\ast}

となり、TT^{\ast}はエルミート変換である。また、\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{x}に対し、

(TT^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})=(T^{\ast}\boldsymbol{x}, T^{\ast}\boldsymbol{x})\ge 0

である。また、(TT^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})=0と仮定すると、

(T^{\ast}\boldsymbol{x}, T^{\ast}\boldsymbol{x})=0

より、T^{\ast}\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}である。Tが正則なので、T^{\ast}も正則であり、\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}となる。これは\boldsymbol{x}\boldsymbol{0}ではないことに矛盾する。従って、

(TT^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})\neq 0

であり、

(TT^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})> 0

なので、TT^{\ast}は正値エルミート変換である。よって、定理2.2から、H=\sqrt{TT^{\prime}}は正値エルミート変換である。U=H^{-1}Tとおくと、


\begin{split}
UU^{\ast}&=(H^{-1}T)(H^{-1}T)^{\ast} \\
&=H^{-1}TT^{\ast}H^{-1} \\
&=H^{-1}H^2H^{-1} = I
\end{split}

即ち、Uはユニタリ変換である。よって、T=HUと分解される。また、もう一つの分解T=_1U_1があるとすれば、H_1=HUU_1^{-1}H_1=H_1^{\ast}=(U_1^{-1})^{\ast}U^{\ast}H^{\ast}であるので、このとき


\begin{split}
H_1^2&=H_1H_1 \\
&=(HUU_1^{-1})((U_1^{-1})^{\ast}U^{\ast})H^{\ast} \\
&=HH^{\ast} \\
&=H^2
\end{split}

従って、H=H_1である。これから、U=U_1も得られる。

定理2.3を行列の言葉で述べると次のようになる。
定理2.4
任意の正則行列は、正値エルミート行列とユニタリ行列との積として一意的に表される。

3. 参考文献
[1] 線型代数入門

線型代数入門 (基礎数学) [ 斎藤正彦 ]

価格:2,090円
(2021/12/6 21:07時点)
感想(2件)