ベイジアン研究所

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【線形代数学入門】対称変換

1. 記事の目的
下記の記事で、エルミート変換について述べた。本記事ではエルミート変換を実数上のベクトル空間に制限したものである、対称変換について述べる。

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2. 対称変換の対角化
実数上の線形空間Vの線型変換Tの特性根は、実数とは限らないため、固有ベクトルが存在しない場合がある。そのため常に実数上のベクトル空間の線型変換が対角化可能であるとは限らない(可能なものが対称変換である)。

定義
実数上のベクトル空間V (これをユークリッド空間と呼んだ)の対称変換Tが、Vの任意の2元\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}に対し

(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, T\boldsymbol{y})

を満たすとき、Tを対称変換という。

Tが対称変換ならば、Vの任意の正規直交基底に関するTを行列によって表示した場合の、行列は実対称行列となる。逆に、ある正規直交基底に関して実対称行列で表現されるような変換は、対称変換である。

実対称行列は、エルミート行列であるから、下記の記事の定理4.1の(1)より、その特性根はすべて実数である。

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従って、対称変換の特性根はすべて固有値である。

実対称変換の固有値と固有空間に関して次が成り立つ。
定理2.1
実計量ベクトル空間Vの対称変換Tの相異なる固有値\beta_1,\beta_2,\dots,\beta_kとし、対応する固有空間をW_1.W_2,\dots,W_kとすると、W_1.W_2,\dots,W_kは互いに直交し

V=W_1\oplus W_2\oplus\dots\oplus W_k

となる。
証明{\rm{dim}}Vに関する数学的帰納法で証明する。{\rm{dim}}V=0のとき、V=\{ \boldsymbol{0} \}で、\boldsymbol{0}でない固有ベクトルは存在しない。よって、V=\{ \boldsymbol{0} \}で定理が成立する。{\rm{dim}}V\ge 1とする。このとき、少なくとも一つの固有値が存在するので、k\ge 1である。
W_1^{\bot}T-不変である。実際、\boldsymbol{x}\in W_1^{\bot}ととれば、任意の\boldsymbol{y}\in W_1に対し、

(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, T\boldsymbol{y})=\beta_1 (\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=0

となる。TW_1^{\bot}への制限をT_1とすれば、T_1は対称変換で、{\rm{dim}}W_1^{\bot}\le {\rm{dim}}V-1より、\beta_2,\dots,\beta_kがその相異なる固有値である。\beta_2,\dots,\beta_kに対するT_1の固有空間を、W_2^{\prime},\dots,W_k^{\prime}とすれば、数学的帰納法の仮定により、これらは互いに直交し、W_1^{\bot}W_2^{\prime},\dots,W_k^{\prime}の直和となる。従って、W_1, W_2^{\prime},\dots,W_k^{\prime}は互いに直交し、

V=W_1\oplus W_2^{\prime}\oplus\dots\oplus W_k^{\prime}

である。i=2,\dots,kに対し、\boldsymbol{x}\in W_1^{\prime}とすると、\boldsymbol{x}\beta_i固有ベクトルであるから、\boldsymbol{x}\in W_i である。よって、W_i^{\prime}\subset W_iである。ここで、あるi=2,\dots,kに対しW_i\neq W_i^{\prime}

V=W_1\oplus W_2^{\prime}\oplus\dots\oplus W_k^{\prime}\subsetneq W_1\oplus W_2\oplus\dots\oplus W_k\subseteq V

より、{\rm{dim}}V \lt {\rm{dim}}Vとなり、矛盾。よってW_i^{\prime}\neq W_iである。従って、

V=W_1\oplus W_2\oplus\dots\oplus W_k

となる。

定理2.1から次の定理が導かれる。
定理2.2
実計量ベクトル食う案Vの線型変換Tが適当な正規直交基底に関して対角行列で表現されるためには、Tが対象変換であることが必要かつ十分な条件である。
証明Tが対称変換のとき、定理2.1から、固有ベクトルからなる正規直交基底が存在する。このとき、このとき、この正規直交基底に関してTを行列で表現すると対角行列となる。逆にTが対角行列で表現されれば、Tは対称変換である。

定理2.2を行列で表すと次のようになる。
定理2.3
実正方行列Aに対し、P^{-1}APが対角行列になるような直交行列Pが存在するためには、Aが対称行列であることが必要かつ十分な条件である。
証明Aが実対称行列のとき、定理2.2を\mathbb{R}^nに適用すると、正規直交基底\boldsymbol{p}_1,\boldsymbol{p}_2,\dots,\boldsymbol{p}_nが存在する。このときP=(\boldsymbol{p}_1 \ \boldsymbol{p}_2 \ \dots \ \boldsymbol{p}_n)とすると、下記の記事の定理2.3より、Pは直交行列である。

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また、Pは単位ベクトルからなる\mathbb{R}^nの基底\boldsymbol{e}_1,\boldsymbol{e}_2,\dots,\boldsymbol{e}_nから\boldsymbol{p}_1,\boldsymbol{p}_2,\dots,\boldsymbol{p}_nへの変換行列である。下記の記事4節の式(3)より(2つの変換行列を同じPとして)

\Lambda = P^{-1}AP

となる。ここで、\LambdaA固有値からなる対角行列である。

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逆に、P^{-1}AP=\Lambdaが対角行列と仮定すると、

A=P\Lambda P^{-1}

より、Pは直交行列なので、^tP=P^{-1}であるから、


\begin{split}
^{t}A &=^{t}{(P\Lambda P^{-1})} \\
&=^{t}P{^{-1}} ^{t}\Lambda ^{t}P \\
&=P\Lambda P^{-1}=A
\end{split}

より、Aは対称行列である。

3. 対称変換のスペクトル分解
エルミート変換と同様にして、対称変換もスペクトル分解が可能である。
Vを実計量ベクトル空間、Wをその部分空間とするとき、Vの任意の元\boldsymbol{x}は、

\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}^{\prime}+\boldsymbol{x}^{\prime\prime}, \ \ \boldsymbol{x}^{\prime}\in W, \boldsymbol{x}^{\prime\prime}\in W^{\bot}

の形に一意に表される。Vの線型変換

P:V\rightarrow V; \boldsymbol{x}\mapsto \boldsymbol{x}^{\prime}

VWへの射影子という。

次の同値条件が成り立つ。
定理3.1
実計量ベクトル空間Vの線型変換Pが、Vのある部分空間Wへの射影子であるためには、Pが対称変換であって、P^2=Pが成り立つことが必要かつ十分な条件である。
証明:下記の記事の定理2.1の証明と全く同じである。

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スペクトル分解は次のようになる。
定理3.2
実計量ベクトル空間Vの対称変換Tの相異なる固有値を、\beta_1,\beta_2,\dots,\beta_kとすれば、次の条件を満たす射影子P_1,P_2,\dots,P_kが一意的にさ定まる。

P_1+P_2+\dots+P_k=I, \ \ P_iP_j=0 \ \ (i\neq j)\tag{1}
T=\beta_1P_1+\beta_2P_2+\dots+\beta_kP_k\tag{2}

これを対称変換Tのスペクトル分解という。
逆に、(1)を満たす射影子P_1,P_2,\dots,P_kおよび相異なる実数\beta_1,\beta_2,\dots,\beta_kがあるとき、(2)によって定義される線型変換Tは対称変換である。
証明:下記の記事の定理3.1の証明と全く同じである。

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4. 正値対称変換
定義
対称変換T固有値がすべて正(または非負)であるとき、Tを正値(または半正値)対称変換という。

次の同値条件がある。
定理4.1
対称変換Tが正値(または半正値)であるためには、\boldsymbol{0}でない任意のベクトル\boldsymbol{x}に対して、(T\boldsymbol{x}, \boldsymbol{x})が正(または非負)であることが必要かつ十分な条件である。
証明:下記の記事の定理2.1の証明と全く同じである。

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任意の線型変換Tに対し、ある正規直交基底に関するTの行列による表示をAとする。このとき、^tAで表現される線型変換をT^{\ast}で表し、Tの随伴変換という。T^{\ast}は、任意のベクトル\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}に対して

(T^{\ast}\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y})=(\boldsymbol{x}, T\boldsymbol{y})

が成り立つことで特徴づけられる。

次の2つの定理は下記の記事の定理2.2と定理2.3と全く同様に証明できる。

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定理4.2
Tが対称変換ならば、T^2は半正値対称変換である。特に、Tが正値ならばT^2は正値である。逆にTが正値(または半正値)対称変換ならばS^2=Tとなるような正値(または半正値)対称変換がただ一つ存在する。

定理4.3
実計量ベクトル空間の正則線型変換Tは、正値対称変換と直交変換の積として一意的に表される。

定理4.3を行列で述べると次のようになる。
定理4.4
正則行列は、正値実対称行列と直交行列との積として一意的に表される。

5. 参考文献
[1] 線型代数入門

線型代数入門 (基礎数学) [ 斎藤正彦 ]

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